ドイツはこのあと2回の世界大戦を繰り替えし、国の力も弱くなっていって、科学の技術は中心をアメリカへと移していきました。
ドイツの大学制度を受け入れられなかった日本も、この後の、イギリスやアメリカの学年制の大学が受け入れられ、役所として、予算を組んだり官僚制度の中でも受け入れられるようになってきました。
この世界大戦の後、日本はアメリカの影響を強く受け、大学にもかなりの影響をうけることとなりました。
教育制度をみても、アメリカの教育制度は、国際基準にまでなっているといえるくらい、各地で大学院制度を取り入れています。
知的な職業を目指す人々は、アメリカに留学をし、経験を積みながら博士号を取得するというステータスに繋がっています。
ここでドイツとアメリカの大きな違いを上げてみると、アメリカにおいては世界一となってからも、常に科学と技術に大きな予算を投じており、そのため向上し続けてきたことがあげられるでしょう。
日本の大学は、ドイツやアメリカの大学のいい所を吸収してきました。
でもそこに問題があるのです。日本の大学には、活気がありません。
日本ではかつて「伊勢詣で」が盛んでした。日常からかけ離れた「世間」を自由に見聞していく、伊勢詣ででは、遊びも、さまざまな知識と経験を得ることのできる許された期間であるといえます。
この「伊勢詣で」に、現在の日本における大学はたとえられるのです。
現在の日本の大学生には「学び」が足りません。
官僚制度におかれているので、大学自体も自発的・内発的な人物を育てていくことができていないという悪循環に陥っているのです。
日本の大学はすべて模倣からのスタートです。
それにアメリカと同様に自分の国の力で技術や科学に投資をしていき、育て、豊かな文明を築いていかなければいけないでしょう。
その土台を作るべき場所が大学なのです。
その大きな役割をこれから果たしていかなければなりません。
