現在のものの見方では、人の性格で、情緒的な物分りのよい、性格的にも包容力がある人を文系人間とみたり、物分りも悪い、あたまコチコチで理屈っぽい理論ばかりの人間を理系人間としてしまうことも間違っています。
この性格で、人を文系・理系に分けてしまうこともそもそも間違っています。
わが国においては、論理的にものを見る人間は疎ましがられてしまい、義理人情を尊ぶ風潮があるようです。
このようなことは、日本がさまざまな国家間での交渉においても同じことが言えます。
このような要素を持つ日本人は損をしてしまうのです。
ここで大切なのは、自分がどの分野の勉強を励みたいのか、自分が理系なのか文系なのかを自分自身が理解し、「選択」できる環境を作ることが大事でしょう。
諺にもあるとおり、自分の好きなものを努力していけば必ず身についく、「好きこそものの上手なれ」といわれています。
ですが忘れてはいけないことに、好きだけでは何も上達しません。
また、不思議なことに、自分がよく理解できているものには、興味をもてなかったり、関心がいかなかったりします。
逆に自分がしらないこと、わからないことに引かれていき、持っている適性とはかけ離れたものへ関心がいってしまう傾向があります。
私たちが大学へ入学した際に、そのときの「選択」がどうであったにしろ、とにかく一生懸命努力していくことは大切です。
人はみな人生一度切りなのです。
自分がもつ隠れた能力を見つけ出し、引き出すために、常に努力することを忘れず、視野を広く持ち続けなければなりません。
