幼い子供を落語や、歌舞伎につれていくことで、親は子供に落語のフレーズを覚えさせることを教育の1つとしていました。
落語や歌舞伎には、日常の1シーンを凝縮し表現することで、知らず知らずに人生の縮図や、基礎を理解し、人情を学ぶことができます。
「教養」をより豊かにすることは、物事に対する表現を豊かにすることでもあります。
これらの私的な「教養」は、学校で学ぶ数学や科学などのように公的な知識として学ぶものとは違い勉強をすれば即身について理解できるというものではないでしょう。
こういった私的な「教養」は、私たちの人生で、感受性の強いときに出会って、しらないうちに、自然とみについていくものなのです。
人によってその出会いはさまざまです。
個人の置かれている環境、時間的なものも違うからです。
大学では、同じものに興味をもつ人が集まり、関心をもつ同じ年代の仲間が多いので、その場所で議論することは、この「教養」が育まれていく絶好の環境であることがわかります。
大学において培われる私的な「教養」は、私たち一人ひとりにとって生涯の財産となるでしょう。
そこで養われた教養は、これからの人生、日常生活の中で絶えず引用されていき、使われることで、また新たな命が吹き込まれていき、これからも絶え間なく行き続けていくでしょう。
私的教養を学ぶ大学を大いに活用しましょう。
